村に帰りついたら、えらいことになってた。それこそ長安の賑わいどころじゃなかったんだ。
何がって、羊は勝手に村に帰ってきたけど浅(チェンって名前を一文字だけ取って呼ばれてるんです)がいつまで経っても帰ってこないから、畑でぶっ倒れてるんじゃないかって探してくれたらしい。当然どこにも見当たらないんで、こりゃ、飛族の残党に誘拐されたんじゃないかって根も葉もない話を誰かが言ったらしくって、村を挙げての大騒動になってたんだ。そんなところに、鼻歌交じりで帰ってきたもんだから……。そりゃ、しこたま叱られたね。父ちゃんはもちろん、母ちゃんにも姉ちゃんにも、それから裏のばあさんにもね。あと、意外だったのが親方。ずいぶんと心配してくれてたみたいで、ボクを見つけるなり、半泣きで抱きついてきたんだから。なんかすごく悪いことをしちゃったって思ったよ。ここ最近ないほどに反省したね。
「なんだって、もっかい言ってみな、浅!」
「だから商人になりたいんだってば、そう怒んないでよ姉ちゃん……」
これ、姉の粉紅(フェンホォン)。歳はボクよりずっと上でもう立派な大人なのに、精神年齢低いのか、いつもこうやって高圧的な態度でネチネチやるんだ。
「あんたが、突拍子もないこと言い出すからでしょうが! もう10日になるって言うのに、父さん事あるごとに村の人に謝ってんだから、わかってんの?」
「そうだけどさー。本音言っちゃうと、探してくれなんて頼んでないし。そんなガミガミ言うんなら、姉ちゃんにいじめられましたって書き置きして家出しちゃうよ? ホントに」
「やれるならやってみなさいよ〜、あのねぇ、もしかしてほっんとに頭わるい? いなくなった本人が、どうやれば村の人に頼めるのよ。父さんが頼んだってことぐらい16にもなってんのに分かんないの? それをなに? しかも私のせいにして家出する? 自分勝手も甚だしいわよ」
「――ごめん。それは反省してるって」
「仕事サボってばっかの人間は、本当のお金の使い道とありがたみは絶対に理解できないのよ。計算だって覚束ないし、読み書きも出来なきゃ話になんないのに。それで商人が務まるって思い込んでるんだから、呆れかえるばかりだよ」
「姉ちゃんホントきついなぁ、確かにその通りだけど決めたんだよもう。それに男子三日会わざれば括目せよっていうだろ」
姉ちゃんの目がだんだん三角になってくのが分かったけど最後までそう言ったんだ。絶対にグーで殴られると思ったね。蹴りも来るかと身構えた。でも姉ちゃんは、大きなため息をふいごのように吐き出してから、冷静に諭すように言ったんだ。
「あのねぇ、この村だけじゃないよ、近くの村も全部残らずそう。そんなこと考えつくの一人だっていないよ」
そうなんだよね。トウモロコシもナツメも、羊の肉や皮、羊毛にしたって、長安から収穫時期にだけくる”でぶっちょの商人”に買ってもらうのを待ってだけ。逆に商人になって、この村の物産を他で高く売ろうっていう気概のあるのはいないよなぁ。誰も彼もがみんな、親の仕事は代々引き継ぐものって言われて育ってるし、そうすることが家族も円満になるんだし。
そっか。としたらあの凛々しかった女商人も、代々商家なのかも知れない。――ってことは、尚のこと商人にならないといけないって事だよな。
「父ちゃん、母ちゃん、姉ちゃんゴメン。心から心配してくれてるのはよく分かるし、家族にも迷惑はかけたくはないって思うけど、やっぱり家を出て商人になる。長安に行って色々と頑張る決意なんだ」
商人になる気持ちは変わらなくて、土下座して謝ってお願いしたけど、猛反対。
こんな分からず屋がいっぱいいる家なんていられるかって、真夜中に家を飛び出したんだ。長安に行く道はずいぶんと気が重くて、前の何倍の距離にも感じてたんだ。気づくと長安の噴水前の階段に座っていて、東の空も黄色くなってた。
「キミ、あんた、そこのあんただよ」
そう声をかけられ振り返って……ぎょっとした。あのネジの足りないイカツイ顔のおっさんだった。相変わらず変な物体を頭の上でなびかせているけど、前みたいに光ってないところを見ると、まだ寝起きすぐでパワーがこもってないのかな。もしかしたら心配事でもあるのかも。
「えーっと、確か……」
イカツイ顔と物体のせいで、なかなか名前なんて覚えらんないっての。
「孫玄大将軍様だ。それより、報告がずぅいぶんと遅くはないかね?」
なんの話だっけ――。
「あぁぁ、すいませんっ。まだ30匹藁人形やっつけてないと思います。10、いや12〜3匹くらいかもです」
「何だ、数字も数えられんのか。狩りは往々にして忙しいからな。そういう時は、Qを押すとよいぞ。Qを押すって意味がよく分からんかも知れないが、分かる者には普通に分かることだ。ちなみに、もう一度Qを押すと消えてくれるのも覚えておくといい」
分かる者には分かるって、何のことだかさっぱり分からないよ。消える? 押す? どこ押せってんだ? やっぱりネジ落としてるよなぁこの人。こっちとしては、あんたのQを2回今すぐ押して、その物体ごと消したい気分だよ。
「ところで朝早くから巡回ですか? もしかして何かあったんですか?」
「む? 私には朝晩早い遅いはない。冒険者を導く役目があるからな。それよりもだ。街の連中も私と同じように忙しい身だと知っているかね? 是非とも親身になって話を聞いてやりなさい。いい冒険者は成長も早いし、早く商人やハンターになれるからね。キミが力をつけたと私が見定めたなら、うむ、そうであるな。頼みごとの二つ三つはお願いしよう。だが今のキミにはとても頼めないがね。はっはっは。早く藁人形を終わらせたまえ」
孫のおっさんは、話してみると案外気さくでいい人かも知れない。ハタ坊みたいなファッションは敵を欺く作戦なのかなぁ。
やると決めたら早いもんさ。ちゃちゃっと藁人形をクリアし、黄老頭(ホアン
ラオトゥオ)長老のところで行方不明の子供の靴を捜すように頼まれ(身につまされる話さ……)、武器屋の鉄玄(ティエ
シュィアン)さんから武器の注文書を取ってくるよう頼まれ、東門兵士の李良(リー
リアン)さんに狡40匹の成敗を言われたり(兵士なのに……)。更に、薬屋の楊益之(ヤン
イーチ)の爺さんからは、水鬼という毒を持つ妖怪50匹を退治して来いときた。なんか、妖怪退治も本格的になってきたもんだよね。一気にここまでこなしちゃったもんだから、もう汗だくだよ。大将軍は人に親身にって言ったけど、さすがに人使い荒い気がしてきたなぁ。
長安北の沼地に出かける度に思うんだけど、水鬼って絶対、河童だよね、かっぱっぱーかっぱっぱー♪ って感じだもん。酒の徳利なんかぶらせげてさ、すかしたやつだよな〜。

その後も、東門兵士の上官楠(シァンコアン
ナン)さん依頼の狛犬、慈恩寺法師の定慧(ティン
ホェイ)依頼の有難い経の石版、西方巫子の苗素霊(ミアオ
スゥリン)さん依頼の木の妖怪退治とインド僧クシャンさんでの浄化、猛虎狩り大会に参加したり。それはそれは色々ありました。大変な思いもしながら、時には命からがら、危機一髪ということだってありましたとも。
気づけば村を出て、あっという間。1ヶ月は経過してたかな。
今日も孫のおっさんと話込んでいると(けっこう仲良くなったんだ)、軍営にいる周虎(チォウ
ホゥ)さんという兵隊がやって来て、こんな衝撃的なことを言うんだ(もっと衝撃的なこともあるよね、わかるでしょ?)
「大将軍様、お忙しいところ申し訳ありません」
「おう周か。構わん話せ」
うっわ、声までそっくりだよ〜。ちと、目をつぶって聞いてみよう。
「兵の配備が筒抜けになっている件ですが、長安近くで弓手を目撃したという証言がその後も複数寄せられております」
「ふむ、歯がゆいものよな。これだけ物的証拠が揃っていながら、上層部はまったく対処しようとせんのだから……」
「大将軍様のお力で何とかなりませんか?」
一人二役で、早替わりなんてのもしてない? マントの色は表裏で違うとかでさ。
「うむ。おう、そうだ、ちょうどいいのが油を売っておるな」
「ほう、油売り? ですか?」
「おい浅、目をつぶって何をニヤニヤしておる」
「え? あ、いや、どっちがどっちで……いや、何でもないんです。大将軍様」
「ばかもの、孫玄大将軍様は私だ。そっちは周だ。それより貴殿に飛賊弓手掃討を行ってもらいたい」
「え?」
「なるほど、それは妙案でございますな。50匹ほどで牽制になります。他の者にも同じように頼めば、十分な抑止力になりましょう」
「いや、飛賊ですよね。あの悪名高い……ブツブツブツブツ」
「つべこべ言わずに逝って来い!」
ひぃ、またこのパターンか〜。
それに、逝って来いってなんだよ〜。大将軍の威厳もあったもんじゃないよ。
えぇ、えぇ。二人のイカツイ顔のおっさんに見送られて、逝ってきましたとも。
だけど、あれだけ悪名を轟かせていた飛族でも手先はたいしたことがないんだよね。サクサクで手際が良すぎたのか、同じ軍営の李柏勇(リー
ポユィオン)さんから飛賊掃討を頼まれて、うっかり引き受けたんだけど、一匹と戦ってるうちに他の飛族が駆けつけてくるんで骨が折れたねぇ。

だけど甲斐はあってレベルは順調に伸びた。いい冒険者は成長が早いって話、本当だって実感したよ。
あと、飛賊掃討と平行して別のクエストも受たんだ。大切な剣を盗まれたから飛族から取り戻してきて欲しいとの事。行き掛けの駄賃(ホントは帰り掛け)だったけどずいぶん喜ばれて恐縮しちゃった。
その後も次々とクエストをこなして、黄河の近くまで足を伸ばすことが多くなってたんだ。このあたりは黒虎と白虎が多く棲息していて、一際巨大な虎も現れるので油断ならない地域なんだけど、交通の要所なので、常に人を見かける。
黄河には2つ渡り口しかないから、どのキャラバンもこの付近を通過するんだ。盗賊の立場で物事を考えると、ここは好都合な場所と言い切れる。潜める場所が多く、交易先の方角が読めるので、待ち伏せがしやすいし、助けを呼ぶにしても長安まで遠すぎる。でも、逆に考えれば、ここほど盗賊をミスリードしやすい場所は滅多にない気もするんだよな。ここさえ盗賊の目を逃れれば、交易は成功したようなものだと思うんだ。……なーんて偉そううにいっても、まだ交易に出たことがない人間が考えてることだから、説得力に欠けるよね。
はやく商人になりたいよなぁ。
六人の商人と二人の護衛のキャラバンが、中国西渡口方面から虎穴山(ホゥシュィエ
シォアン)の南に最短で抜けようと草原を横切っていたんだ。ボクは白虎の皮集めをしていたから、事の起こりの前後が繋がるんだけど、挙動のおかしい連中が数人徘徊していた。目を離した隙に姿が無くなった。そう。ところどころにある藪に潜んでたんだ。きっと護衛の武器と商人の数を見定めていたんだ。黒装束四人が藪から一斉に飛び出て、護衛二人の背後から奇襲をしかけた。二人の護衛はどちらも手練で、すぐ応戦を始めたけど、奇襲と数の不利は絶対的で、キャラバンの末路が見えた気がした。
ラクダに乗った商人数人が、降りて手助けをしようとしたけど、それを察した護衛が大声で言ったんだ。
「降りずに進め!」
それに呼応した盗賊はそれぞれ一人ずつ護衛の攻撃を止めると、最後尾のラクダに炎を投げつけ攻撃を始めた。ラクダは切りつけられる度によろめいた。
「いくらなんでも、ひでぇ」
大刀を握りしめて駆け出し、剣と盾を持った盗賊の一人に背後から切りつけた。
全力で切りつけたのにもかかわらず、ほとんど盗賊にはダメージが入っていない様子だった。盗賊は黒い覆面をしていて表情は読み取れなかったけれど、一瞥した視線は背筋が凍りつくほどの凄みを帯びていた。
盗賊は身体を翻すと、終始無言のまま剣を切り込んできた。
ボクはというと、これまでの多くの獣や妖怪との命のやり取りから大刀の使い方を自分なりに努力してきたつもりだった。その努力はわずかだけど甲斐はあったみたいだ。切り込んでくる剣の速度は大刀の倍ほども早かったけれど、全部凌ぐことができたんだ。でも盗賊のスタミナは抜群で、こっちは受けているだけなのに、度重なる剣撃で腕が痺れて大刀を落としそうになっていた。そして次の攻撃が繰り出されて、思ったとおり大刀を落としてしまったんだ。やられる。そう覚悟した時だった。遥か遠くから冷気を帯びた矢が飛んできて盗賊を貫いた。氷の矢は次々に突き刺さり、残りの盗賊も同じように氷漬けになっていったんだ。
チャンス。そう思って大刀を拾い振り上げたけれど、すでに盗賊は地面に伏して身動き一つしなかった。それを見て緊張が一気に解けた。足が震えて腰がくだけた。
「うわぁ。た、たすかった〜」
あの時、青い矢が飛んでこなかったら、ダメだったかも知れない。ん? 青い矢?
「おそいよ楊姐(ヤン
チィエ)。もうダメかと思ったぜ〜」
そう言ったのは、槍を持った護衛の一人。
「ごめーん。こっちも大変だったんだから〜。それより……」
あれはもしかして。うん絶対そうだ。確かあのとき灰色の子犬も連れてたはずだ。
こっちに来る? 来ちゃう? あ、やっぱり? 走ってキター! あぁ、なんか運命感じてきた〜。 (←アホ)
「すいません、巻き込んじゃったみたいで」
おっと。ここはカッコよくキメないと。
「いや、大したことないです。盗賊二人がかりでラクダ切りつけていたんで腹が立っちゃって、でも必死でした」
「怪我はなかったですか?」
「ええ何とか。おかげで無傷です」
「すいませんラクダの上からで。ありがとう、盗賊を分散してくれて助かりました。あぁ、でも楊姐、ここにいたらまた盗賊が……」
そう言ったのは、最後尾のラクダに乗っていた若い男だった。
「ごめんなさい。今、交易の途中なので、ゆっくりとお礼が言えなくて。機会があったら今度一緒に交易行きませんか?」
「はい。喜んで! ボクは浅藍」
「私は楊雪(ヤン
シュィエ)。交易で長安にくることが多いから。ではまた、浅老弟(チェン
ラオティ)」
「ありがとう、また会いましょう浅藍さん!」
楊雪と名乗った女商人と若い男は、長安の方角へ消えていってしまった。
弟扱いか。ちょっと複雑だけど、いい感じだよね。一緒に交易、楽しみだなぁ。いつかな次の交易。早い方がいいなぁ。 ……あ。まだレベル20になってなかったんだ。商人・ハンター・盗賊のいずれかの職につくにはレベル20が必要なんだって。誰だよそんなの決めたの〜。

それから寸暇を惜しんで妖怪を倒した。黄河沿いに出没する妖怪の目100個を一気に集め、レベル20に到達。
早速、商人旗とラクダと餌を購入したんだ。これでいつでも交易に行ける。準備は万端。あとは楊雪さんなんだけど。今日は長安には来ないのかなぁ。
「おっ、えっと浅藍さんですよね」
背後から声をかけてきたのは、最後尾のラクダに乗っていたあの若い男だった。
「俺は曙光(シゥコワン)と言います。一昨日は助かりました。ありがとうございました」
「いやいやいやいや、全然役に立たなくって」
「あのときが最初の交易で、ぶるっちゃって、俺カッコ悪かったですよね? それに引き換え浅藍さんホント勇気あるよね。気を悪くしないで欲しいんだけど。その装備からすると俺と同じか少し上くらいですよね? 俺はレベル20なんですけど」
「全然ハズレです。ほんの今さっき20になったばかりで、交易の準備を整え終わったところなんです」
「マジで? だったら、こないだの約束、是非とも実現させたいな。いいですよね? 俺たちと一緒に交易。楊姐そろそろくるはずだから、今、そこの軍営に行ってるだけなので。ちょっと待っていてくれますか?」
「喜んで」
「そう言えば、浅藍さん。これまでずっとソロでやってこられたんですか?」
「ソロというと?」
「その調子だとギルドに入ったことなさそうですね。これも縁だと思うんです。よかったら、うちのギルドに入って楽しくやりませんか? 浅藍さんなら、きっとみんな大歓迎ですよ。すぐに返事しなくてもいいので、考えておいてください」
楊さんは、しばらくしてやってきた。何だかプリプリしてご機嫌ナナメのようだった。
「ギルドupするのって、何でこんなにお金かかるのかしら。軍の資金が底ついてるって噂本当なのかしらねぇ……。って、あら? 浅老弟?」
「こないだぶりです楊さん」
「楊姐、浅藍さん、いまさっきレベル20になったんだって。ギルドのメンバーじゃないけど、お祝い交易どうだろう?」
「やっぱり浅老弟だったんだ。この間はありがとうございました。うんうん、全然OK。問題ナシ。もしよかったら、ギルド入ります? とか誘ってみたりして」
「わははは、もう俺が誘っちゃってるよ」
「手が早いわね、曙老弟(シゥ
ラオティ)」
そんなこんなで、楊さんのギルドのメンバーになって、初のそしてギルドのお祝い交易に参加することになったのです。
(ふぅ、やっと初キャラバンまでこぎつけた〜) |